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浦和地方裁判所 昭和57年(ワ)973号 判決

原告 吉田忠エ門〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 梶山敏雄

同 大久保和明

被告 甲野一郎

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 名尾良孝

同 山本正士

同 林浩盛

被告 乙山春夫

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 風間克貴

同 三浦雅生

同 山田和男

主文

一  被告甲野一郎、同甲野太郎、同甲野花子及び同乙山春夫は、各自、原告両名に対し、各金五七〇万七二〇〇円及び内各金五二〇万七二〇〇円に対する昭和五五年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの右被告らに対するその余の請求及び被告乙山松夫、同乙山竹子に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告甲野一郎、同甲野太郎、同甲野花子及び同乙山春夫との間に生じた分の二分の一を右被告四名の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告ら

「1 被告らは各自原告吉田忠エ門に対し、金一五六五万五二〇六円及び内金一四九五万五二〇六円に対する昭和五五年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告吉田ゆりに対し、金一四二四万〇〇七二円及び内金一三五四万〇〇七二円に対する昭和五五年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

「1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求める。

第二主張

一  原告らの請求原因

1  当事者の身分関係

(一) 原告吉田忠エ門は亡吉田正利(昭和四二年三月二一日生、以下「正利」という。)の父であり、原告吉田ゆりはその母であって、共に正利の相続人である。

(二) 被告甲野一郎は昭和四〇年三月九日生れの未成年者で、その父である被告甲野太郎及びその母である同甲野花子はその親権者である。

(三) 被告乙山春夫は、昭和三九年九月五日生れの未成年者で、その父である被告乙山松夫及びその母である同乙山竹子はその親権者である。

(以下各原、被告をいずれも名のみで表示する。)

2  本件事故の発生

被告一郎は、昭和五五年九月二四日午後六時五分ころ、久喜市大字六万部一二九一番地の四先路上において、原動機付自転車(ヤマハ五〇CC、車体番号FT一―七〇五九六八、以下「加害車」という。)を運転して走行中、久喜市立南中学校から帰宅途中の正利が運転する自転車(以下「被害車」という。)に加害車を衝突させて同人に脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負わせ、よって同月三〇日午後五時二八分、久喜市中央二丁目二番二八号新井病院において死亡するに至らしめた(以下「本件事故」という。)

3  被告らの責任原因

(一) 被告一郎

被告一郎は、公安委員会の運転免許を受けておらず、その上、加害車の前照燈が故障して点燈しないことを知っていたのであるから、同車の運転を差し控えるべき注意義務があるのにこれを怠り、前記日時・場所(同所には道路照明設備がない。)において、加害車を無燈火のまま運転し、時速約五〇キロメートルで進行した過失により、対向してきた正利の自転車を約六・五メートル前方に発見したが、停止の措置をとる間もなく、加害車前部を正利運転の被害車に衝突させたものであるから、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(二) 被告太郎、同花子

被告一郎は、高校入学(昭和五五年四月)後間もないころから、被告太郎が鍵をつけたまま自宅敷地内に放置していた同被告所有の原動機付自転車を無免許で乗り回すことがしばしばあった上、昭和五五年八月中旬ころからは被告春夫から同被告所有の加害車を借り受け、以降毎日のように加害車を無免許で運転していた。被告太郎及び同花子は、被告一郎の右無免許運転状況を何度も目撃していたのであるが、本件事故当時同被告は一五歳の少年であり、かつ、無免許であって、同被告が運転行為を行えば運転技術の未熟さに起因する事故発生の危険性が極めて高いことを充分認識しえたのであるから、被告太郎及び同花子には、被告一郎の法定監督義務者として、同被告の素行に充分注意し、無免許運転をさせないための具体的処置をとるべき注意義務があった。しかるに、被告太郎及び同花子は、右注意義務を怠り、被告一郎に無免許運転をやめさせるための具体的処置をとることなく漫然と放置し、前記(一)の過失により本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条、七一九条の不法行為責任を負う。

(三) 被告春夫

被告春夫は、加害車の所有者であり、その運行供用者であるから、自賠法三条に基づき本件事故によって生じた正利ないし原告らの損害を賠償する責任がある。

(四) 被告松夫、同竹子

被告春夫は、昭和五五年七月三一日、加害車の無免許運転・定員外乗車違反を犯し、これにより浦和家庭裁判所から処分を受けているのであるから、被告松夫及び同竹子は、被告春夫の法定監督義務者として、同被告に同車を保有させておくことの危険性を察知し、直ちにこれを処分するなどして、同車による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と何らの処置もとらないまま放置して同被告に同車の保有を黙認し、そのため、同被告が被告一郎に同車を貸与し、同被告が本件事故を惹起するという事態に至らしめたのであるから、民法七〇九条、七一九条の不法行為責任を負う。

4  損害

本件事故によって正利及び原告らが被った損害は左のとおりである。

(一) 正利の損害

逸失利益   金三六五四万五七四四円

正利は、本件事故当時満一三歳六か月の健康な男児であって、右事故に遭遇しなければ、一八歳から六七歳に至るまでの間四九年間稼働できた筈であり、その間労働省労働統計調査部の賃金センサス(昭和五五年度)第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者平均賃金額である年収三四〇万八八〇〇円の収入を得ることができたとみるのが相当であり、その間の生活費を全稼働期間を通じて収入の五割とし、新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して、逸失利益の現価を計算すると金三六五四万五七四四円となる。

(二) 相続

原告ら両名は、正利の相続人であり、正利が有する損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。

(三) 原告忠エ門の損害

(1) 治療費等  金三一万三八七八円

正利は、本件事故による傷害のため、昭和五五年九月二四日から同年九月三〇日までの七日間医療法人新井病院に入院して治療を受けたが、原告忠エ門は、右治療費等として金三一万三八七八円を支出した。

(2) 入院雑費     金四九〇〇円

原告忠エ門は、正利の右入院期間中、一日七〇〇円宛七日分の雑費を支出した。

(3) 入院附添費  金五万九〇六六円

正利は、右入院期間中、附添を必要としたので、原告忠エ門は、入院附添費として金五万九〇六六円を支出した。

(4) 葬儀費用 金一〇三万七二九〇円

原告忠エ門は、正利の死亡に伴い葬儀費用として金一〇三万七二九〇円を支出した。

(5) 慰謝料      金五〇〇万円

正利の突然の死により父親たる原告忠エ門が受けた精神的苦痛は甚大であり、その苦痛に対する慰謝料としては金五〇〇万円の支払が相当である。

(6) 弁護士費用     金七〇万円

原告忠エ門は、被告らが任意の弁済に応じないので原告訴訟代理人に本件訴訟の提起を委任し、弁護士費用として金七〇万円の支払を約した。

(四) 原告ゆりの損害

(1) 慰謝料      金五〇〇万円

正利の突然の死により母親たる原告ゆりが受けた精神的苦痛は甚大であり、この苦痛に対する慰謝料としては金五〇〇万円の支払が相当である。

(2) 弁護士費用     金七〇万円

原告ゆりは、原告忠エ門と同様、原告代理人に本件訴訟の提起を委任し、弁護士費用として金七〇万円の支払を約した。

5  損失の填補

原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から金一九四六万五六〇〇円の支払を受け、その各二分の一ずつを本件事故による損害に充当した。

よって、被告ら各自に対し、損害賠償として、原告忠エ門は金一五六五万五二〇六円、原告ゆりは金一四二四万〇〇七二円及び右各金員から弁護士費用を除いた金員に対する正利死亡の日の翌日である昭和五五年一〇月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告らの認否

(被告一郎)

1 請求原因1(一)の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3(一)の事実のうち被告一郎が公安委員会の運転免許を受けていなかったこと、加害車の前照燈が故障して点燈しないことを知っていたこと、同被告が原告ら主張の日時・場所において加害車を無燈火で約時速五〇キロメートルで運転したこと、同被告が対向してきた正利運転の被害車を約六・五メートル前方に発見したが、制動措置をとる間もなくこれに加害車を衝突させたことは認めるが、同被告に民法七〇九条の不法行為による損害賠償責任があるとの主張は争う。

4 同4の事実は知らない。

5 同5の事実のうち、原告らが自賠責保険よりその主張の金員の支払を受けたことは認め、その余は知らない。

(被告太郎及び同花子)

1 請求原因1(一)(二)の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3(一)の事実の認否は、被告一郎と同旨。

同(二)の事実のうち、被告一郎が高校入学後間もないころから、無免許のまま被告太郎所有の原動機付自転車を運転するようになったこと、昭和五五年八月中旬ころ被告一郎が被告春夫から加害車を借り受けたこと、被告一郎が本件事故当時無免許であったこと、被告太郎及び同花子が被告一郎の運転技術の未熟さに起因する事故発生の危険性があると認識していたことは認め、その余を否認し、被告太郎及び同花子に民法七〇九条、七一九条の不法行為による損害賠償責任があるとの主張は争う。

4 同4の事実は知らない。

5 同5の事実の認否は、被告一郎と同旨。

(被告春夫)

1 請求原因1(一)の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3(三)の事実は否認する。

被告春夫は、かつて加害車を所有していたことがあるが、本件事故前にその所有権を放棄しており、右事故当時同車の運行支配を有していなかった。

4 同4の事実は知らない。

5 同5の事実の認否は、被告一郎と同旨。

(被告松夫及び同竹子)

1 請求原因1(二)(三)の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3(四)の事実は否認する。なお、被告春夫は、昭和五五年七月三一日頃無免許運転等の理由により警察に補導され、更に同五六年一月頃、浦和家庭裁判所に呼び出されたことはあるが、同裁判所からは何らの処分も受けていない。

4 同4の事実は知らない。

5 同5の事実の認否は、被告一郎と同旨。

三  被告らの抗弁

1  弁済

被告太郎は、正利の葬儀費用として金五〇万円を原告忠エ門に支払った。

2  過失相殺

本件事故は、日没後、前照燈を点燈せず、道路中央から右側部分を進行していた正利運転の自転車(被害車)と道路中央から左側部分を進行していた被告一郎運転の加害車とが正面衝突したことにより生じたものであり、正利には、前照燈をつけ、かつ道路の中央から左側部分を走行すべき注意義務を怠った重大な過失がある。

したがって、本件事故による賠償額の算定については、右の正利の過失をしんしゃくすべきである。

四  原告らの認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  身分関係

原告忠エ門が正利の父であり、原告ゆりがその母であることは、全当事者間において、被告太郎が被告一郎の父であり、被告花子がその母であって、共に未成年の子である被告一郎(昭和四〇年三月九日生)の法定監督義務者であることは、原告らと被告太郎及び同花子との間において、被告松夫が被告春夫の父であり、被告竹子がその母であって、共に未成年の子である被告春夫(昭和三九年九月五日生)の法定監督義務者であることは、原告らと被告松夫及び同竹子との間において、それぞれ争いがない。

二  本件事故の発生

被告一郎が、昭和五五年九月二四日午後六時五分ころ、久喜市大字六万部一二九一番地の四先路上において、加害車を運転して走行中、正利運転の被害車に衝突させ、同人に脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負わせ、同月三〇日午後五時二八分、死亡するに至らせたこと(本件事故)は、当事者間に争いがない。

三  責任原因について

1  被告一郎

被告一郎が公安委員会の運転免許を受けていないこと、本件事故当時加害車の前照燈が故障しており、同被告がこれを知っていたこと、同被告が前記日時・場所において、無燈火で、加害車を時速約五〇キロメートルで運転進行したこと、同被告が被害車を約六・五メートル前方に発見したが、制動措置をとる間もなくこれに加害車を衝突させたことは、原告らと同被告との間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、東北自動車道上に架設された跨線橋上の一地点で、同橋は、加害車進行方向に沿ってこれをみれば、まず、全長約一三〇メートルの上り坂があり、次に東北自動車道をまたぐ全長約一一三メートルのコンクリート造の橋となり、これを通過した後は下り坂となる。加害車と被害車の衝突地点は、右上り坂の起点から約八八メートル登ったところで、その附近の勾配は一〇〇分の二・七五である。

(二)  本件事故現場付近の道路は幅員(補装部分)が五メートル(但し、右補装部分の両脇に若干の幅をもった草地がある)で、通行区分帯はなく、近くに照明施設も設置されていない。

(三)  被害車は、本件事故に遭遇する直前、道路の進行方向右端から中央寄り約一メートルの地点を直進していた。

(四)  被害者正利は、本件事故当時白色のヘルメットを着用し、かつ、上半身の着衣も白色であったけれども、被害車も、本件事故当時、無燈火で走行していた。

(右認定についての証拠判断について付言しておくと、右の点を直接証明しうる証拠は被告一郎の司法警察員に対する供述調書中のこれに沿う供述記載部分が唯一のものであるけれども、増田将史の司法警察員に対する供述調書中には、同人は正利の友人で、本件事故直前被害車の前方を自転車で走行していた橋の上で振り返ってみると、正利とほぼ並走していた松岡巧己運転の自転車はライトをつけていたが被害車はライトをつけていなかったとの供述記載部分があり、また、右松岡巧己の司法警察員に対する供述調書中にも同趣旨の供述記載部分があるところ、右増田、松岡両名の各供述調書は、その作成日付からみて、本件事故直後右両名の記憶が鮮明である時期に作成されたものであることが明らかである上、正利の友人である右両名が、故意に正利に不利な虚偽の事実を述べるとは考え難いから、右両名の前記各供述記載部分には高度の信ぴょう性があり、ひいては、本件事故当時被害車は無燈火であったとする被告一郎の前記供述記載部分も、その信ぴょう性を肯認しうるというべきである。

なお、前掲実況見分調書によれば、被害車の前照燈用発電機スイッチは、本件事故後において発電状態になっていたことが認められ、これによれば、本件事故当時被害車の前照燈が点燈されていたと考え得ないではないけれども、右証拠により認めうる同車の泥除板の曲損、前照燈の脱落等の破損状況に鑑みれば、本件事故後、被害車の前照燈用発電機スイッチが右のような状態にあったというのも、加害車との衝突又はこれに続く転倒(被害車が本件事故後現場に転倒したことは右証拠により認められる。)による衝撃に起因するものとみることも可能であるから、結局本件事故後の被害車の前照燈用発電機スイッチが右のような状態にあったという事実があるからといって、前記認定を妨げるに足りない。)。

以上の事実によると、本件事故の発生については、被害車を無燈火で、道路の右寄り部分を進行させた正利の過失にその一因があることは否定できないが、被告一郎には、公安委員会の免許を受けていないのに加害車を運転したうえ、日没後の時刻であるに拘わらず、無燈火のまま、漫然法定速度(時速三〇キロメートル道路交通法二二条一項、同法施行令一二条)を超える時速五〇キロメートルの高速でこれを進行させた過失があり、これが本件事故の主因と認むべきである。

(以上の点は、原告らと被告一郎との関係のみならず、その余の被告らとの関係においてもこれを認定しうる。但し、争いのない事実とした点は、上掲の各証拠に基いてこれを認定する。)

従って、被告一郎は、民法七〇九条に基づく、賠償責任を負う(同被告は、本件事故当時満一五歳の高校生であった(同被告が昭和四〇年三月九日生であることは前記のとおりであり、右当時同被告が高校に在学中であったことは《証拠省略》によりこれを認める。)から、右当時、自己の行為の違法性を弁識する能力に欠けるところはなかったというべきである。)。

2  被告太郎、同花子

被告一郎が加害車の運転者として1に述べたとおり民法七〇九条に基づく責任を負うところ、原告らと被告太郎及び同花子との間に争いがない事実に、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告一郎は、昭和五五年春高校に入学後、公安委員会の運転免許を受けていないのに、両親である被告太郎及び同花子に隠れて、自宅内に置いてある被告太郎所有の自動二輪車又は原動機付自転車(以下便宜上単に「原動機付自転車」という。)や友人から借り受けた原動機付自転車を休日などに乗り廻わすようになった。

(二)  被告太郎は、昭和五五年五月以前に、被告一郎が右の自己所有にかかる原動機付自転車を無断で運転しているのを目撃したことがあったが、その際は被告一郎に爾後運転しないよう注意を与えただけで、その後も従前と同様、常時同車にエンジンキーを差し込んだまま、同被告も自由に出入できる自宅敷地内の物置に保管していた。このため、被告一郎は、被告太郎から右のように注意を受けた後も、同被告の目を盗んで、しばしば右原動機付自転車を運転していたが、昭和五五年五月ころその運転の事実を再び被告太郎が目撃するところとなった。このときは、被告太郎は、被告一郎を叱責するとともに、右原動機付自転車のエンジンキーを同被告の目の届かない場所に保管するようになったが、それも一時のことで、ほどなく再びエンジンキーを同車に差し込んだまま放置するようになった。もっとも、被告一郎は、被告太郎から二度目の注意を受けた後は、右原動機付自転車には乗らなくなった。

(三)  被告一郎は、昭和五五年九月初めころ、被告春夫から加害車を借り受け、これを前記物置に隠しおいて、両親の目を盗んでは乗り廻していた。被告花子は、本件事故の一週間前ころ、近所の人から被告一郎が原動機付自転車を運転しているということを聞き及び、被告太郎にこのことを告げた。そして、被告太郎及び同花子は、ともども被告一郎に対し、右運転の有無を問い質したが、同被告がこれを否認すると、深くは追及しなかった。

(四)  被告太郎は、本件事故の前日である昭和五五年九月二三日、前記物置内に加害車及び被告一郎が古谷某から預かった原動機付自転車の二台が置かれているのを発見し、同被告に問い質したが、同被告から、右二台の車両は友人から預っているものにすぎず、同被告においてこれらを運転している事実はない旨の説明を受けると、単にその友人に返却するよう指示したにすぎなかった。

(五)  被告太郎は、本件事故当日の午後被告一郎が自宅の庭先で加害車のエンジンをかけているのを目撃し、運転しないよう注意したところ、同被告が運転しない旨約したうえ、同車を物置にしまい込むのを見届けたため、それ以上詮索はしなかった。

(六)  被告花子は、被告一郎が高校入学後被告太郎所有の自動二輪車を勝手に運転しているのを目撃したこともあり、また、前記のように、本件事故の一週間前ころ近所の人から被告一郎が原動機付自転車を運転している旨聞き及んでいたのであるが、被告花子が被告一郎に無免許運転を止めさせるために、同被告に厳重な注意をするなど何らかの方策を講じた形跡はない。

(七)  被告太郎及び同花子は、被告一郎が無免許で原動機付自転車を運転していることにつき、同被告の運転技術の未熟さに起因する事故の発生の可能性があることを認識していた。

(八)  本件事故は、前記のとおり、当日被告太郎から注意を受けた被告一郎が、一旦はこれに従って前記物置にしまい込んだ加害車を、被告太郎が眠っているのに乗じて再び持ち出し、これを運転走行させている途中で発生したものである。

以上のとおり認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右事実に基づいて被告太郎及び同花子の親権者としての監督義務懈怠の有無について検討する。まず、被告太郎は、数回にわたり、運転免許を得ていない被告一郎に、原動機付自転車を運転しないよう口頭で注意をしたことはあるものの、それらはいずれもその場限りのものであって実効性がなかったことは、右注意にも拘わらず同被告が原動機付自転車の運転を繰り返し、遂には本件事故を惹起したことによって明らかである。また、被告太郎は、自己所有の原動機付自転車のエンジンキーを被告一郎の目の届かない所に保管したり、同被告が占有していた加害車外一台の原動機付自転車をその所有者に返還するよう指示するなど同被告による運転行為を避止するための措置を採ったことはあるけれども、前者はほんの一時的な措置にすぎず、後者は単に同被告に自主的な返還を指示するに止まり、被告太郎において右指示が履行されたか否かまで確認することは全くなかったものであって、いずれも中途半端な措置であったといわざるを得ない。これらの事実に鑑みれば、被告太郎は、被告一郎の原動機付自転車運転行為を真に禁止していなかったものと認むべきである。他方、被告花子は、被告一郎が原動機付自転車を運転することを避止するにつき格別の意を払わなかったことが明らかである。してみると、被告太郎及び同花子が、被告一郎が無免許で原動機付自転車を運転することを真に禁止していたと認められない以上、被告太郎及び同花子は被告一郎の親権者としての監督義務を怠ったものといわざるを得ない。

ところで、原動機付自転車は、自己規制力をもたない危険物であるうえ、それが安易に運転される傾向にあることから、そのもたらす道路交通上の危険がつとに指摘されていたところであり、被告太郎及び同花子においても、被告一郎が原動機付自転車を無免許で運転した場合、運転技術の未熟さに起因する事故発生の危険性を認識していたのである。しかるに、被告太郎及び同花子は、前記のとおり、まだ肉体的精神的成熟度がまだ低く、ことに本件事故の態様から明らかなように注意力の著しい欠如がみられる満一五歳の被告一郎が原動機付自転車を運転していることを知っていたのに、右運転行為を真に禁止することなく安易に放置していたのであり、このことが被告一郎に原動機付自転車の無免許運転を繰り返させ、ひいては交通法規を無視した運転方法により本件事故を惹起させたものというべきである。

そうとすると、被告太郎及び同花子の前記監督義務の懈怠と本件事故との間には相当因果関係が存するものというべきであるから、右被告らは、民法七〇九条、七一九条に基づき、本件事故による損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

3  被告春夫

《証拠省略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  被告春夫は、昭和五五年七月初めころ、中学時代の先輩である遠藤某の紹介で、当時松村某が所有していた加害車を代金一万円で買い受けた。

(二)  被告春夫は、右買受後加害車を、遊び友達が集る場所である久喜市内の大熊商店に持ち運んだが、同車にはナンバープレートが付いていなかったため、通りがかりの警察官から盗難車ではないかを疑われ、同所に居合わせた被告春夫、被告一郎及び岡安某の三名が派出所で取調を受けた。右三名の少年達は、右取調にあたった警察官に対し、加害車の所有者が被告春夫であることを秘匿し、加害車は自分達の先輩である遠藤が大熊商店に持ってきて放置しているものである旨虚偽の供述をし、引き続き右派出所に呼び出された右遠藤らも口裏を合わせて同様の供述をしたため、結局加害車は、右遠藤において引き取ることになった。

(三)  被告春夫は、昭和五五年七月二〇日ころ久喜市内で会った遠藤から、加害車は同人において保管している旨聞かされ、翌日同人から同車の引き渡しを受け、以後これを自宅近くの草むらや最寄りの自動車学校の駐車場などに保管しておいては、無免許で乗り廻していたが、同月三一日久喜市内を同車を運転中警察官に補導され、派出所で取調べを受けたことから、爾後同車を運転しないことに意を決し、これを派出所から約一キロメートル離れた友人の針谷某の家に運び、同家において保管して貰うことにした。そして、被告春夫は、両親とも相談のうえ、原動機付自転車の運転免許取得のため昭和五五年八月五日から自動車教習所に通うこととし、以後加害車を運転することはなかった。

(四)  被告一郎は、昭和五五年八月中旬ころ被告春夫が加害車を針谷宅に預けていることを他から聞き、同被告に対しこれを貸して欲しい旨申し入れたところ、同被告が運転免許を取得するまでは乗らない旨表示して承諾したため、右針谷の許から同車を受け取って自ら乗り廻すようになったほか、本件事故までの間大熊商店に集る友人にもこれを転貸するなどした。

右の認定事実によれば、被告春夫は昭和五五年七月初めころ松村から加害車を買い受けてその所有権を取得したものであり、その後同被告が同車の所有権を放棄又はその他の理由により失ったと認めることはできない。そして、被告春夫は、加害車を本件事故前に被告一郎に無償貸与したのであるが、自賠法三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、抽象的一般的にその地位に在る者で、通常この地位にある自動車所有者は、たとえその自動車を他人に貸与したとしても、その自動車の運行が排他的に借受人のためのみであるという特段の事情がないかぎり、当該自動車に対する支配が失われるわけではないから、なお、同法条にいう責任主体としての責任を免れることはできないというべきところ、被告春夫は被告一郎に加害車を貸与した際には、当面同車を自ら運転する意思はなかった事実及び同被告は右借受後同車を他の友人らにも貸し与えていた事実のみをもってしては、右にいう特段の事情とすることはできず、他にこれを認めうる証拠はない(かえって、被告春夫は、被告一郎に同車を貸与した後も、いつでもその返還を請求しえたものと認められる。)。

よって、被告春夫は、自賠法三条により、本件事故により生じた損害につき賠償責任を負うというべきである。

4  被告松夫、同竹子の責任について

車両の保有は、その運行による人身損害発生の基底となることは自賠法三条の趣旨とするところであって、その観点からすれば保有者に対する親権者の親権行使の態様によっては、民法七〇九条、七一九条の過失責任の原因となりえないわけではない。しかし、自賠法三条の運行供用者責任は、被害者救済のための一つの法定責任であり、運行供用者の親権者が直接運行支配・運行利益の帰属の故をもって運行供用者とされる場合は格別、未成年者たる運行供用者に対する親権者の監護の懈怠だけでは、親権者に民法七〇九条、七一九条の責任が発生するわけではない。

被告春夫が、昭和五五年七月初めころ松村から加害車を代金一万円で買い受けたこと、警察官から同車が盗難車ではないかを疑われ、その件に関して同被告が取調を受けたこと、同年同月三〇日同被告が同車を運転して久喜市内を走行中警察官に補導されたことは前記のとおりであるけれども、被告松夫本人尋問の結果によれば、同被告は、少なくとも本件事故当時において息子の被告春夫に関する右のような事実を全く知らず、同被告と原動機付自転車との結びつきに関して知悉していた事実といえば、同被告が中学校三年生ころから原動機付自転車に興味を持ち始めたこと、及び同被告が昭和五五年八月五日ころから原動機付自転車の運転免許取得のため教習所へ通い始めたことのみであったことが認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。そうとすると、被告松夫については、原告らが主張するように、被告春夫に加害車を保有させて置くことの危険を察知して、直ちにこれを処分すべき旨を期待する余地はなかったというべきであり、同被告の監督義務違反に関する原告らの主張はその前提において失当である。

もっとも、《証拠省略》によれば、被告春夫は、前記のとおり昭和五五年七月三一日無免許運転により補導されたが、その二、三日後母親である被告竹子に対してはこの事実を打ち明けたこと、その際同被告は被告春夫に対して細い詮索はなさず、加害車の処置についての具体的指示もしなかったことが認められ、被告竹子の右のような不作為をもって監督義務違背を問擬する余地がないとはいえないけれども、同被告の右不作為と被告一郎による本件事故との間に相当因果関係があることを認めうる証拠はない。

よって、原告らの被告松夫、及び同竹子の責任原因に関する主張は理由がない。

四  損害(弁護士費用を除く。)

1  正利の逸失利益

金二七〇一万三六六四円

《証拠省略》を総合すれば、正利は昭和四二年三月二一日生れ、本件事故当時満一三歳六か月(この点は当事者間に争いがない。)の健康な男児であって、本件事故に遭遇しなければ、高校卒業後である満一八歳から男子の平均余命の範囲内である満六七歳に達するまでの四九年間稼働し得、この間、当裁判所に顕著な労働省発表の昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者全年令平均の年間収入額である金三七九万五二〇〇円を下らない所得を得ることができ、その所得の五〇パーセントを越えない生活費を要すること、以上につき高度の蓋然性が存在することが認められ、外に右認定を左右する証拠はない。

右認定を基準としてライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、正利の逸失利益の本件事故による死亡時の現価を計算すると金二七〇一万三六六四円となる。

右方法により逸失利益を算出する場合には、さらに、養育費を控除するのは相当でない。

2  相続

原告両名が正利の実父母であることは前示のとおりであり、弁論の全趣旨により他に相続人の存しないことが認められるので、各自法定相続分の割合により正利を相続したものというべきである。

従って、原告両名は、それぞれ、正利が有した右の金二七〇一万三六六四円の損害賠償請求権の二分の一にあたる金一三五〇万六八三二円の損害賠償請求権を取得した。

3  原告忠エ門の損害

(一)  治療費   金三一万三八七八円

《証拠省略》により認められる。

(二)  入院雑費     金四九〇〇円

《証拠省略》により正利が新井病院に七日間入院したことを認めることができ、右入院中の諸雑費としては一日七〇〇円宛七日分合計四九〇〇円の支出を要したものとみることができる。

(三)  入院附添費  金五万九〇六六円

正利の傷害が重篤であったことは前示事実から明らかであるところ、《証拠省略》によれば、前記入院中職業附添人の看護を受け、右金員を支出したことが認められる。

(四)  葬儀費用      金六〇万円

《証拠省略》によれば、原告忠エ門が、正利の葬儀費用として金一〇〇万円を超える出捐をなしたものと認めることができるが、正利が中学生であったこと等の事情を考慮すれば、その葬儀費用の損害としては金六〇万円をもって本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのを相当とする。

(五)  慰謝料      金五〇〇万円

原告忠エ門は正利の父であり、正利を失い甚大な精神的苦痛を被ったものであるから、その苦痛を慰謝するには金五〇〇万円をもって相当とする。

4  原告ゆりの損害

慰謝料         金五〇〇万円

原告ゆりは、正利の母であり、正利を失い甚大な精神的苦痛を被ったものであるから、その苦痛を慰謝するには、金五〇〇万円をもって相当とする。

5  以上によれば、本件事故により原告らに生じた損害(相続にかかる分を含む。弁護士費用を除く。)は、原告忠エ門につき一九四八万四六七六円、同ゆりにつき一八五〇万六八三二円となる。

五  過失相殺

本件事故発生については前記三1に述べたとおり被害者正利にも過失がある。ところで、本件事故の主因は、無免許者たる被告一郎が日没後無燈火で加害車を高速走行せしめたことにあり、その無謀さははかり難いものである。すなわち、事故発生地点は路端に遠くなく、先行自転車や対向歩行者も十分予測されるところであるにも拘らず、道路交通及び道路運送車両法令上要求される性能をそなえた前照燈(原動機付自転車に対しては、夜間前方一五メートルの距離にある交通上の障害物を確認できるもの、但し、五〇キロメートル毎時の走行が許される車両では前方五〇ないし一〇〇メートルの視認が要求される。ただ自己の存在を知らせる程度の自転車の前照燈とはその意義を全く異にする。)をつけないで、高速走行により事故を発生せしめたものであり、そのために、白色のヘルメット、白い着衣の被害者の存在を至近距離まで発見しなかったのである(重大な事故が遅かれ早かれ起りかねない運転態様であって、偶々被害者が歩行者でなく、自転車に乗った正利であったに過ぎないともいえる。)。なお、《証拠省略》によれば、被告一郎が本件事故発生後、被害者の救護等をしないで故なく現場を立去ったことが認められ、このことが被害者正利の死亡と因果関係があると認めることはできないが、慰謝料の算定においては、同被告が無免許であることとともに重視しうるところであろう。これらを総合して、原告らの上掲損害を通じて概ね五分の一を過失相殺により減じ、原告忠エ門に対し一五四四万円、同ゆりに対し一四九四万円を被告ら(松夫、竹子を除く。)において賠償すべきものとみるのを相当とする。

六  損害の填補

1  原告両名が自賠責保険から既に金一九四六万五六〇〇円の保険金受領済みであることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨から、原告両名が、各二分の一ずつ金九七三万二八〇〇円をそれぞれ前記損害に充当したことを認めることができる。

2  原告忠エ門が被告太郎より、葬儀費用として金五〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

七  弁護士費用

原告らが弁護士たる訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任したことは記録上明らかでありこれに相当額の費用報酬の支払をなし、あるいは、これを約したことは弁論の全趣旨により認められるところ、本件事故の性質、審理の経過、認容額に鑑みると原告らの弁護士費用報酬支出による損害のうち、各原告につき金五〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。

八  結論

以上によれば、原告両名の本訴請求は、いずれも、被告一郎、同太郎、同花子及び同春夫に対し各自、各金五七〇万七二〇〇円及び内金五二〇万七二〇〇円(弁護士費用を控除した額)に対する不法行為の日の後である昭和五五年一〇月一日から各支払ずみまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右被告らに対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高山晨 裁判官 小池信行 深見玲子)

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